AI,テキスタイル,組織,境遇 / 2026-09-26
AIで作る世界も、自分の周りも同じ環境なのか
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入院していた間、時間だけはたっぷりあった。仕事の電話も来客も少ない。ならばAIをやろう。
まず、語学ウェブアプリを作り直そう、と意気込んだのだが、作ったころのAIより可成り進んでいて、ことのほか、簡単に修正ができてしまう。 簡単にできると、次はこれ、次はあれと修正を始めてしまい頭の整理が追い付かない。 何処迄直したっけ?の連続だ。
更に、作業を自動化をすると今度はつまらない。 AIの進化がやる気も奪うとは恐ろしい。 インターネットが、一般家庭に入り始めて久しい。 自分で切り開くマインドがある子供なら、これにより先生も塾もいらない時代が長かった。 SKYPEがあれば、世界中の友人と連絡が取れたし、SKYPEでフィリピン人英語教師が英会話を教えますという商売もあった。 それでも、親は塾に行かせるお金がないから、各社社会だの言い訳をする。 今の塾はネットで講師が教えるのが主流。 録画を流すだけも多いと聞く。 Youtube講師と問題の解き方を見ていれば、学校のテストや高いレベルの公立高校、大学でも十分に通用するのにだ。 大人が言い訳をするようでは知れたものだ。
ここのところのAIの進化で、塾は不要だという意見を否定することは出来ないだろう。 AIに、Youtubeで集めさせることができ、しかも、Google notebookLM に読みませれば、質問すれば教えてくれる。 会社でも、そうして、勉強できる体制を作って告知しても、やるのは1割にも満たない。 ことがあれば、知らなかった、そんなの聞いていない。 社内SNSの連絡に告知が全部残っていても、言い訳をする。
無知と怠慢な人が続ける、クラウドサービスにコストを払い続ける。
そうそう、何かにつけ否定する輩の話も、時代遅れなのが多い。 こっちは先の先へ走っていくからかもしれないが。 実のところ、昨今の働く意味が私の時代のそれと変わって解釈するるせいか、自分で考えて試行錯誤する人に巡りあうことがすくなくなっている。 AIで試行錯誤する、部下に命令してやらせるタイプは未だマシだ。 命令どころかAIにお願いしたら、期待以上にやってくれるからだ。 だが、其れすらヤラナイ。 相談相手だの話し相手だの、無料で楽しむ部分ではないところで、AIは凄いねと言われても会話できない。
命令すれば何とかなると思っている人、実際にそういう境遇にあるタイミングの人もいるが、所謂ラッキーと、自分で切り開くは別物だ。 病室というのは意外と集中できないというが、今回は片面全面ガラスでベランダが付いた特別室。 干渉されることがない。 検温があり、食事があり、リハビリがある程度だ。 昔の旅館にこもる作家のような生活をする意味が分かった。 過去をちょっと思い出すだけで、あの人はこの程度のことを一生懸命いってたが、本質はこうなのになとか、無意識に行動して結果が出ているのをラッキーだと思っていたが、実際には、細かく分析し、予測して、足をつかって現地で確認して、どっちへ行っても目標どおりになるように、全部、全部、全部を丁寧に仕込んでたなとか。 一瞬一瞬で閃いていく。 就労してからの自分の歩みを、完璧なまでに理解した気になった。 これが悟りだろうか。 もう一歩ありそうだが、可成り腑に落ちるのだ。 達観してくると、説教する気もなくなるし、どけと言われたら、どくだけ。 カラむ意味がない。
最近読んだ記事で、外国語習得の本当の壁は年齢ではない、という話があった。大人には大人の強みがあって、文法を理屈で理解できるし、自分の仕事や経験と結びつけて覚えられる。足りないのは才能でも若さでもなく、続けるための「仕組み」なのだ、と。 それが、塾や先生というならば、本質から遠すぎる。 背中を押す役割ではない。 壁をあとちょっとで超えられるのを下から持ち上げてくれる、それが教えだとおもう。 自分なりに生きていれば、あとはどうでも良いことだが、AIと違いをつくり、人らしさを得るには、もうちょっと壁を越えなければならないだろう。
自分にとって、それは、全部捨ててしまうだけだ。
世捨て人ではない。 失踪とも違う。 人から見たら、えっと言う位、未練がないことだ。 新規事業部部長に任命されたころ、2年目で黒字化して、後一年で3番目の事業部を抜ける算段がついたが、社長になることになった。 適切な後任がいないから3番目の事業部と合併させ2番目の事業部にすることにしたが、新規事業部の名は残さなかった。 皆は、エゴで残すと考えた。 でも未練がないから、残す必要性がゼロだった。 人の何倍も自信をささげる仕事も、実は未練がない。 後の人がやる、やれないは、自分の人生とは無縁だ。 退院してから変えたのは、目標を小さくしたことだ。今日はお酒を飲まない、その程度が目標だ。 目的は、早期回復にある。 目標はそれを達成するための要素をつぶすこと。 この2か月で3本サワー缶を飲んだ。 練習程度だが、今日の目標になければ飲めばよいのだ。
ラストランに向けて画期的なテキスタイルのアップグレード方法を考え投資をしたが、現場がついてこない。 いわれた通りにやった、やりましたよ、の態度だ。 本質を追求しない開発しかできなくなるなら、ものづくり会社の終焉の時だ。 土俵から降りろということでしかない。 ラストラン後の皆に、それができるかどうか、それも自分の責任ではない。 やるといった人が背負う。 単純すぎて、それ以上がない。 そもそも、この方法を思いつく、どんな新しいのもそうだが、自分がそれをやられたら一番怖いのは何かと考えての結果。 攻撃に見えて防御だという私の特徴そのものだ。 私の分身が敵に回って、私は耐えられるのかそれが基本の思想だ。 後任たちは、此れに気が付かないと、防御はないは、攻撃は大したことないわで、弱体するのは早い。 今やめて行く人の能力の代替はできるが、今後辞めて行く人は代替のハードルがあがる人材になりかねない。
今、株式売買の自動化ソフトの3つ目を作って失敗している。 (AIに聞いたら、3つでなく10個目だそうだ。) 納得いかないので一から作り直すのだが、2-8の法則。 うまくいくときは2だけ。 複雑になれば、そのつながりの確率はどんどん落ちていく。 組織と一緒で、命令系統が一つ、シンプルでなければ、ならないが、AIが元のAIに口を出し、他のAIがあきれて無視してくる。 鏡のようで笑うしかない。 駄作漫画と一緒だった。